円空展

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僧にして、芸術家。江戸時代初期に、主に今の岐阜県にとてつもない数の彫刻を残した。
円空の展覧会を見に、上野の博物館に行ってきた。

円空の彫刻は、一見適当に、ぞんざいに彫られたように見える。ざっくりした、なめらかでない表面。目や眉は一本の切れ目。木を割った時の痕跡はそのまま。彫刻の、「丁寧」というイメージと正反対だ。
円空の場合それが、ことごとく魅力となっているように思える。
そしてそのぞんざいさは、必ずしも錯覚ではない。生涯に作成した彫刻は、12万体と言われている。円空の63年の生涯は、約23000日。1日5体以上作っても間に合わない。当然ながら幼年時代、おそらく少年時代も作成していないだろう。実際に円空は、恐ろしいスピードで作成を続けたのである。

「作製が早いのにすごい」のではない。作製が早いからこそ、最初に生まれた直感的デザインがそのまま形となって表現されたのではないか。そんな気がする。
そして円空の仏像を見て穏やかな気持ちになれるのは、それが円空の、人とこの世界に対するポジティブさを表現しているからではないかと思う。

「夢十夜」で漱石は、木の中に埋まっている物を掘り出してやるのが彫刻家だ、と言った。円空もそういう心境だったかもしれない、と思う。
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by SAKICHI_I | 2013-03-30 01:53 | その他 | Comments(0)


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