財布を盗まれた

8月某日、財布を盗まれた。
盗まれたのは、まず僕自身の非常に間抜けな行動が原因としてあった。自転車の前のかごに財布を入れたまま、住んでいる賃貸マンションの駐輪場に十数時間も放置していたのだ。
部屋のいつもの場所に財布が無いのに気がついたのが、昼1時ごろ。仰天し、焦った。必死で頭を巡らせ、前日の深夜自転車でコンビニに行き、パジャマにポケットがついてなかったので財布をカゴに入れて往復したことを思い出した。
部屋中をすみずみまで探した。路上で落とした可能性も考えた。しかしそれは、カゴの形状からしてまずない。やはり自転車のかごに置いていたのを、誰かが持って行ったのである(ちなみにこの推測は正しかったと、後で分かることになる)。

いくら日本の治安がいいとはいえ、不特定多数の人間が行き来する場所に財布を十数時間置いておいては、持って行かれても何の不思議もない。犯人への憎しみはほとんど湧いてこず、自分の情けなさだけがつくづく感じられた。

激しく落胆した。
入っていた現金は千円ちょっとで、大したことない。免許、保険証、キャッシュカードといった、大げさに言えば「自分を構成する要素」が全部入っていた。これが大問題だった。当然、全部再発行しなければいけない。死ぬほど面倒くさい。

さてどうするか。とりあえず警察に届けたい。僕は盗まれたと確信していたが、落とした可能性もゼロではなかろう。盗んだ人間がすぐに捨てるかもしれない。となると、遺失物として警察に届けられている可能性がある。
こういう時にどうしていいか全く分からなかったが、110番に電話をしてみた。そうすると「近くの交番か警察署に届けてくれ」と言われた。交番に行くとお年寄りの元警官?らしき人がいて「ここでは受理できない」と言う。そんなアホなと思ったが、そこは交番ではなく「地域安全センター」だったのだ。んなこた見ても分からないからムカついたが、そのお年寄りが連絡をとって警官を寄越してくれると言う。礼を言い、マンションに戻る。

部屋で警官を待つ。その間に、キャッシュカード・クレジットカードを利用不可にするために銀行などに電話をする。20分ほどしてお巡りさんが来た。20代後半と推測。状況、経過などを説明。どうやら彼も「盗まれた」と納得したらしい。「被害届を出しますか」と言われた。出すのと出さないのがどう違うかと聞くと、「被害届を出すと我々警察が犯人逮捕に向け動くことになる」と言う。とは言ってるものの、現実には建前だろう。僕が住んでいる所は新宿や池袋のような「警視庁24時」の街ではないが、かといってこんな(人にとっては)些細な事件を捜査するほど警察が暇であるとは思えない。迷ったが、「被害届を出すことのデメリットがあるか」と聞くと別に無いと言う。この盗難は僕にも大いに落ち度があったが、犯人を憎む気持ちがないわけではない。それで、万が一でも犯人が見つかったら溜飲が下がると思い、被害届を出すことにした。

さて調書の作成開始。暑いしうちの部屋に入ってもらう。最初から話し直す。それをお巡りさんが文章にしていく。終わったら僕が読み、署名捺印する。1時間近くはかかったか。
それから僕の指紋をとる。左右の指、合計10本。
それが終わるとこんどは、現場での指紋の採取をするとのこと。これは少々驚いた。この程度の犯罪で捜査らしき事をやるとは思っていなかった。指紋の採取を目の前で見るのは生まれて初めてだ。お巡りさんは「まず出ないでしょうね」と言いながら、刑事ドラマで見る、何というかタンポポみたいなやつで自転車に粉をつけていく。延々がんばってくれていたが、やっぱ出ない。普通に考えても、犯人が自転車に触る理由がない。結局「指紋らしきもの」を、手ブラで帰るのも何だから、みたいな感じで採取した。
この指紋採取が1時間以上。暑いなか、これはきつかった。お巡りさんも僕も「まず指紋は出ない」と分かっているからますますキツかった。
これにて被害届の提出終了。総じて非常に誠実な対応をしてくれたと思う。適当に話を聞いて終わるかと思っていた。

さて部屋に戻ると、「何もかも無い」という現実が重くのしかかる。とりあえず現金だが、これは貯金箱に数万円あったので問題なかった。そういえばキャッシュカード・クレジットカード盗難を銀行に伝えるのを終えて無かった。途中で警官が来たのだ。急いでこれをおこなう。電話して聞いた結果、幸いなことにカードの不正使用は無かった。だが銀行への報告は、紛失が分かった時にいちばん最初にすべきだった。警察への届けは、1時間や2時間遅れてもこの場合問題ない。

その日は日曜だったので、翌日から早速各種証明書、カードなどの再発行のために動き出した。
何つっても運転免許証だ。ところが、「免許を再発行するために必要な書類」も無い。保険証もいっしょに財布に入れていた。となると住民票を持って行かなくてはいけないのだが、住民票を出してもらうための本人確認書類もない。
……こりゃ出口の無い袋小路に迷い込んだか、と思った。しかし区役所に電話をしてみると光明が。役所から来た書類とか、病院の診察カードとか、「本人が持っているらしき物」がいくつかあれば住民票を出すと言う。そんな物でいいのかとちょっと思ったが、今はそれにすがるしかない。
これが分かったのが月曜の昼。区役所は夜間でも、予約しておけば住民票を出すという。なので会社を早退しなかった。しかしさらに翌日、火曜日は会社を休まざるをえない。再発行をおこなう免許センターは、夕方までだ。会社に火曜午前有休の届けを出した。
さて仕事が終わり区役所へ。夜間窓口に嘱託職員らしきお年寄りがいた。ところがここでも「免許かなんか出してくれ」と言われる。それは無いから他の物を持ってきた、と一から説明し直しである。昼間に電話した職員からまったく引き継ぎされてないのかと、ガックリする。しかし幸い、書類の一部を見て割とあっさり住民票を渡してくれた。

翌日、火曜の朝。免許センターは朝8時半から。最短時間で発行してもらえるよう、業務開始の前にセンターに到着し、開門を待ち構えるつもりだ。免許センターはうちから遠いので、いつもの出勤時間より1時間以上早い。
マンションの1階に降り、駐輪場を通りかかった。

うおあああああっっっ!!!!

自転車のカゴに、僕の財布が入っていた。
恐る恐る手に取る。重みはいつもと変わらない。開いてみる。免許がある!! カード類を確かめる。札、小銭の数を見る。ざっと見た感じ、無くした時と何一つ変わっていない。
とりあえず、免許センター行きは中止だ。会社に説明するのが面倒なので、行ったことにして午前中は休んだ。

戻ってきた財布を見た時、不思議なことに「嬉しい」という気持ちにはならなかった。「ホッとした」でもない。もちろん悲しくはない。何とも言えない複雑な心境になった。
そういう気持ちになった理由の一つに、一番面倒臭いキャッシュカード・クレジットカードの再発行の手続をすでに始めてしまったことがある。もう使用停止のお願いをしたから、なくしたカードが見つかっても使えない。捨てるしかない。クレジットカードの裏の数字(セキュリティコードとかいうやつ)を人に見られたからには、カードが無くてもネット通販でいくらでも使える。もう旧カードは、セキュリティコードとまとめて葬るしかないのだ。
もう一つは、財布が汚れ、傷だらけだったことがある。明らかに地面を転がったようで、泥がところどころに付いている。これは日本のGANZOという工房のもので、途方もない値段のする海外ブランドの品に比べるとずっと安い割に、品質がいい。買って3ヵ月ぐらいで、自分としてはそこそこ自慢の品だったのである。
しかし免許、保険証は再発行しなくてよくなったし、地下鉄の定期券は戻ったし、各種会員カードは50枚ぐらいは入れてて(多すぎ)、それらを全部作り直すとしたら膨大な時間がかかったし、見つからないよりはるかに良かったことは間違いない。
それでもなぜあまり嬉しくなかったのか、自分でもよく分からない。

むしろ今さらながら、犯人への憎しみが湧いてきた。
さてそもそも今回の件で「犯人」いるかどうか(落としたのではなく)だが、僕はいると思う。僕の自転車には名前が書いてないので、僕が落とした財布を誰かが拾い、カゴに入れておくことはありえない。僕のことを知っている人なら、部屋に直接持ってくるだろう。また放置するというような危ないことはしない。間違いなく、誰かが持って行き、そいつがまた同じ自転車のカゴに返したのだ。
犯人の「許してくれ」という意図が見え見えである。だが、返しさえすれば何も無かったことになると思ったら大間違いだ。だんだんムカついてきた。本当は汚れた財布をふきたかったのだが、また警察で指紋の採取があるかもしれないので、極力触らないようにしてビニール袋に入れておいた。
さっそくに当該警察署に電話した。「刑事課」と名乗る人が出る。財布が出てきたと報告すると、「あー、そうですかー……」と感情のこもらない返事をされた。どうすればいいか聞くと、電話の向こうで非常に困っているようだ。何を困る必要があるのか分からなかったが、しばらくうなった後で「近くの交番に報告して下さい」と言う。
警察が捜査するような案件でないことは最初から分かっていたのだが、それにしてもこうあからさまな対応をされると情けない。被害届は受け付けたが、財布が見つかろうが見つかるまいがどうでもいいのだろう。別にそれを非難する気はないのだが、うちに来たあのお巡りさんが熱心だったためについ期待してしまっていた。電話に出た刑事課のあの人としては、新たに報告書を書くのが面倒くさく、交番の巡査に回したのであろう。僕の方も面倒臭いので、結局届け出はしないことにした。財布の指紋を採取することも無くなったので、ふいて砂を落とした。

カード類の手続がすべて終わるまで、まだまだ一件落着した気分にはなれない。当面の現金はあったのだが、キャッシュカード再発行まで数週間かかるので、足りなくなる。会社にお願いし、次の給料を現金払いにしてもらうことにした。ネットバンクがすべて止まっていて、公共料金引き落とし口座への振替ができない。この1ヵ月の支払は全部滞納になることだろう。後で2ヶ月分まとめて払うしかない。

いずれにしても、大きな被害を受けなかったことは幸いだった。免許証、保険証を悪用された可能性は否定できないが、これは被害が出てから対処する他はない。財布を屋外に放置するという失態をおかした以上、この程度のことで済んだのは極めて幸運だったと感謝すべきだろう。教訓は「財布を外に置き忘れない」という事だが、これは当たり前過ぎて教訓にならない。
願わくば、これが人生最大の犯罪被害になってほしいと思う。

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by SAKICHI_I | 2015-08-22 19:32 | その他 | Comments(0)


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