或る日の出来事

用事があり湯島へ行った時のことである。
帰り道に通りかかったバス停に、ふと思うことあって近づく。行き先と停留所を確認する。あった。途中の某所まで行けば、通勤の路線に乗り換えてそのまま家まで帰れる。今日は良い発見をしたと喜ぶ。いつもはJR御徒町駅から池袋駅まで山手線に乗りそこで乗り換えていたわけであるが、距離でいえばはるかに近いものをぐるりと大回りすることを非常に間抜けに感じていた。この交通網が発達した街でもそういう事は珍しくはないが、早いルートが見つかるに越したことはない。
さあではそのバスはいつ来るのか思った時に電光掲示板の「次のバス12:44来着」という文字に気づく。話には聞いていたが何と便利になったことか。時刻表を見るまでもない。
あと10分。せっかくお知らせいただいた待ち時間を有意義に使わねばなるまいと思い辺りを見回すと、オリジン弁当の看板が目に入る。朝から何も食べておらぬことを急に思い出し、立ち寄る。
正確な待ち時間が与えられているのだからありがたい。余裕を持っておにぎりを2~3選び、店の外に出るとバスが目の前を通り過ぎるではないか。あわてて時計を見るといまだ12:41であり、安堵する。そのバス停には2路線が通っており、僕の乗る予定ではないもう一方のバスが来たのであろう。
念のため路線図で確認すると自分の乗りたい路線は小滝橋車庫前行き。先ほど過ぎ去ったバスの横に間違いなく「小滝橋車庫前行き」と書いてあったから、これには仰天した。
何かの間違いではないかと思いまた腕時計を見るが、これはバス待ち時間表示同様時代の先端技術を結集した電波時計であり買って以来1秒たりとも狂ったことがない。まさに狐につままれたような話であり、先ほどまで賛美する気持しかなかった待ち時間表示システムに対し激しい怒りが湧いてくる。
こんな事であればバスに向かって手を振り、わめき、猛然と追いすがって止めるべきであったがまさに後の祭り。もし自分以外に待ち人がいてバスの乗り降りがあれば、その間に気づいたかもしれない。だが運悪く乗り下りとも1人もおらず、バスはいささかもスピードをゆるめることなく悠然と走り去った。その後ろ姿はもはや遠くかすみ、「どうやらあれらしい」といった程度のごく小さな形さえ定かではない。
さてその電光掲示板、次に何を映すかと思ったら「次のバスは12:59」と表示するではないか。腹が立つのは、その時間まで待つぐらいなら御徒町駅まで歩けるのである。時間に余裕がある時ならバスを待ったかもしれないが、2時から野球を見る予定があった。考えた末、所要時間がほぼ計算通りになるJRに乗ることにした。
何とも釈然としない心持ちを抱えながら御徒町駅に向かう。最初からこちらの道をゆけば20分は前に帰宅できたはずなのだ。
2時前に帰れなければ電話で文句の一つも言うつもりであったが、幸い間に合った。

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このようなことが本日あった。明治の小説風にしたかったのだが、あまり成功しなかった。
それにしても、都営バスの待ち時間表示。時間通りに来ないことがあるのなら、「●●分に来ます」という勘違いさせるような表示をしては困る。道路の状況によって狂うことがあるのなら、「約5分待ち」とか表示すればいいではないか。

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by SAKICHI_I | 2016-04-16 22:43 | Comments(0)


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