西村京太郎の不思議

有名な作家の作品を、作家一人につき一冊でもいいから読んでみようと思ったのが、数週間前のこと。
僕はもともと、あまり本を読まない。
通勤電車の中で退屈することがある、というそれだけの理由で、一応文庫本を持ち歩くようにしている。
気に入った小説に出会うと、次から無難にその作家の本ばかり買う。
もうここ数年、読む本の大半は司馬遼太郎さんの小説だ。
司馬さんの著作数は膨大だから、読む物に事欠くことはない。
だがさすがにずっと同じ人のものばかり読んでいると、飽きることがある。
ところが僕は、どの作家がおもしろくてどの作家がおもしろくないのか、ほとんど知らない。
それで、もう少しいろんな人の作品を読んでみようと思った。
とりあえずベストセラー作家から順に選んでいけば、外れる確率は少ないだろう。

さてそういうわけで第一回目に選んだのは、西村京太郎という人の小説だ。
「トラベルミステリー」とかなんとかいう、旅と列車がからむ刑事ものを書く人……ということは、今までまったく読んだことがない僕でも知っている。
2時間ドラマの原作者として、ひっきりなしに新聞のテレビ欄で目にするからである。
有名、というよりは、その名を知らない日本人はほとんどいないと思われる。

図書館で借りたのは、『特急北アルプス殺人事件』という名の一冊。
トラベルミステリー以外の何物でもないこのタイトル。
この作家の本を選ぶ際に、これほど無難な選択もないだろう。

いや読んでみて、驚きましたよわたしゃ。
以下、引用。

「民芸館の水がめは、現在、使われていなかったし、入口のところに、展示品に触らないで下さいと書いてあったわ。だから、犯人は、なかなか見つからないだろうと、思っていたんじゃないかしら? 今度の場合も同じだわ。雪の合掌造りは、上手く出来てたし、この辺りは、まだ寒いし、雪も降るから、あと、十日や、十五日は、とけないと思うわ。こわす人だっていないと思うの。だから、こちらも、犯人は、死体が、なかなか見つからないと思ったんじゃないかしら。私は、それがいいたかったんです」

これ、死にかけた人間が、途切れ途切れに必死に声をふりしぼっている場面ではない。
ごく普通の状況での会話である。
見ての通り、テンの数が常軌を逸して多い。
上の文章は、決して小説の中の特異な部分を抜き出したわけではない。
全編にわたって読点の洪水なのである。

この文章がなぜ駄目か、小難しいことを考えるには及ばない。
とにかく、とてつもなく読みにくい。
日本人は文章を読む際、テンの位置で目を止めることが習慣となっている。
必要ない位置で止められることは、ものすごいストレスである。

文意を他人に伝えるための言葉としてはどれほど駄目なのか、僕などが得意になって語るまでもなく一目瞭然ではあるが、腹が立ったので(苦笑)少々語る。
端的に言えば、当り前のことではあるが、テン(読点)は文意をはっきりさせるために必要な箇所にあるべきだ、ということだ。
必要ない箇所にまでテンがあるということはどういうことか?
テンがまったく無いのと実質上同じなのである。
つまりテンがテンとしての役割を果たしていない上に読みづらいという、二重の意味での悪文なのだ。
非常にまずい、という段階ではない。
日本語として失格である。

テンの個数が多すぎるために文意がはなはだ読みとりにくいことは、上の引用文でもわかる。
「だから、こちらも、犯人は、死体が、なかなか見つからないと思ったんじゃないかしら。」
これ、誰が「思った」か、何が「見つからない」のか、瞬時に判読できる人がいるのだろうか?
解答としては、犯人が思った、死体が見つからない、というのが文意。
その意を伝えるためなら、以下のようにした方がはるかにいい。
「だからこちらも犯人は、死体がなかなか見つからないと思ったんじゃないかしら。」
これでも少々分かりにくいが、だいぶマシになる。
理想を言えば、文節の順後を変えてこうする方がいい。
「だからこちらも死体がなかなか見つからない、と犯人は思ったんじゃないかしら。」
これならかなり明瞭になる。

西村氏のような文章を、公共の場はもちろん、私的な手紙などでもお目にかかることはまったくといいほど、ない。
小学校低学年の作文には時々ある。
これが悪文であることは馬鹿でもわかる。
分からないのは、なぜこのようなものが出版社(角川文庫)の編集者のおとがめを受けずに世に出たのか、ということだ。

考えられる可能性は一つだけ。
文庫あるいは雑誌に載った時すでに西村氏は大ベストセラー作家であり、編集者の指図を受ける立場ではなかった、ということ。
ネットでざっと調べてみたが、この推測は当たっているようだ。
西村氏もデビューから数年は普通の文章を書いていた。
今回僕が読んだ『特急北アルプス殺人事件』を執筆した時にはすでに大作家となっていた。
どういう経緯でこのようなテン洪水にいたったのだろうか……。
最初からこういう文章を書いていたが、新人時には編集者に直されていたのか。
本が売れ、幅が利くようになってきてからテンを増やしたのか。

そうなると次に分からないのが、なぜこの人の本が売れるのか?だ。
実際にどの程度売れているのかは知らない。
だがこんな文章を読んで苦痛に思わない人間がいる、ということに驚く。

さてストーリーの方だが・・・・・・
せいぜい二流か三流のミステリーの域を出るものではなかった。
この作家の本がドラマの原作として重宝される理由が分からない。
こっちの方が、西村氏の小説よりもよほど興味をひくミステリーである。
その謎が知りたくなくもないが、自ら調べるほどには興味がない。
いずれにせよこれから読む本のリストの中で、とりあえず西村京太郎が消えた。
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by SAKICHI_I | 2006-06-02 15:43 | その他 | Comments(15)
Commented by コウ at 2006-06-02 22:26 x
あぁ、俺も同じ感想を持ちました。
あくまでも個人的な評価ですが推理としては下の中、文章としては・・・の評価です。
多作の人気作家ってゴーストの影響もあるんでしょうけど進化を放棄して出世作の複製作を作っていくものかなぁと思っています。

出世作がすばらしいなぁとおもったのにドンドン作風がクドくなっていったとと思う作家に田中芳樹、松岡圭祐がおられます。
両名とも売れ出した頃の作品はすばらしいとおもうんですが・・・・・・
Commented by SAKICHI_I at 2006-06-03 00:08
>コウさん
なるほど。一回有名になってしまうと、名前に安心感をもって買ってしまう読者の方にも問題があるのでしょうかねえ。それにしても西村氏の文章は我慢できない程度だと思いますが(笑)
田中芳樹、松岡圭祐ですか……。正直まったく耳にしたことのない方々です。コウさんは僕などよりずっと読書家のようですね。
Commented by しんかい at 2006-06-03 02:21 x
ベストセラー作家と言ってもかなり色んなジャンルの方がいますからね〜。司馬遼太郎さんと西村京太郎さんでも結構差はあるように思います。
僕個人の好みだと、伊坂幸太郎さんなんか好きですね。文体が美しいなあと思うのは吉田修さんとか長島有さんとか。
Commented by 佐吉(SAKICHI_I) at 2006-06-03 17:49 x
>新海さん
司馬さんの本を読んで文章が変だと思ったことは一度もないので、今回西村氏の読んだ時は非常に驚きました。
ご紹介ありがとうございます。そのお二人もまったく知りません(^_^;)
早く話についていけるよう頑張らなければいけません。
Commented by pakunoda at 2006-06-04 04:16 x
こんにちわ。
西村作品は賛否両論があるようですが、電車ミステリーが好きならありなんじゃないでしょうか?!

逆に考えれば佐吉さんが今まで司馬作品を読んでこられたのでそれに慣れられたのではないでしょうか?

あらを探せばいっぱい日本語の間違いなんてあると思いますし、誰でも完璧な日本語を操ることもいないと私は思っていますw

それができたら造語なんていう言葉は出てこないと思いますしw

同じことを教えるのに人によって教え方が違いますしねw

深く考えないほうがいいかと思いますw
Commented by 佐吉(SAKICHI_I) at 2006-06-04 09:37 x
>pakunodaさん
ストーリーについてはそれぞれの好みもありますので、いちがいに西村作品がだめとは言えないと思いますが、あの膨大な数のテンはまずいです。一応一冊なんとか読んだんですが、最後の方は脳内で不必要なテンを消して読んでいました。
Commented by 新海 at 2006-06-05 10:49 x
僕もそんなに知らないっすけどね~。
と言うか名前が間違ってますね。吉田修一さんと長嶋有さんです。どちらも芥川賞作家さんですよ。
Commented by rubon at 2006-06-05 16:28 x
なぜに、西村京太郎?と思いましたが、ベストセラー順ですか。納得です。よくドラマ化、映画化されている(される)ので、ご存知かもしれませんが、桐野夏生さんの作品はどうでしょう?読みやすいです。直木賞とってたんですね。
Commented by SAKICHI_I at 2006-06-05 17:16
>新海さん
芥川賞の方々でしたか。僕は芥川賞と言えば、「蛇にピアス」などを書いた女の子二人がいたという印象しかありません。もしかして直木賞だったかもしれません。我ながら話になりませんね(苦笑

>rubonさん
ありがとうございます。桐野夏生さんというと、確か『OUT』を書いた人ですね。そういった、名前だけは知っているが読んだ事のない作家を優先的に読んでいこうと思っています。
Commented by スガワラ at 2016-03-12 16:04 x
読点が異常に多いです。
今回、タイトル(悲運の皇子と若き天才の死)に惹かれて
読み始めたのですが、酷いものです。
しかも、幾度も同じ事が「えっ!また?」と絶句するほどに繰り返し書かれていて…読み続けるのが苦痛でした。
どうにか我慢して、読み終えましたけれど
本代と時間の無駄だった、と言う読後感しか有りません。


Commented by SAKICHI_I at 2016-03-13 20:43
スガワラさん、コメントありがとうございます。やっぱり読点が多いですか。
それにしても西村氏は「悲運の皇子と若き天才の死」というタイトルの小説も書いているんですか。そっちの方にも驚きました。てっきり鉄道ミステリーだけだと思っていました。
僕もあれ以来、西村氏の本は一冊たりとも読んでいません。
Commented by スガワラ at 2016-03-14 15:31 x
お返事、有難う御座いました。
歴史が好きで、特にこの時代(未解明な物事が多くて)に興味が有ったものですから、タイトルで選んでしまったんです。
一応ミステリーなのでしょうが、ミステリーの質としても評価出来かねる駄品に思えます。
編集者も出版社も、売れれば良し!という姿勢なんでしょうかねえ?読書好きとしては、非常に残念に思えてなりません。


Commented by SAKICHI_I at 2016-03-15 00:35
皇子というと古代でしょうかね。確かに、そういう時代の小説は少ないですね。
西村氏の知名度がなぜこれほど高いのかまったく分かりませんが、もしかすると2時間ドラマの原作としてちょうどいいのかもしれません。そういえば、連ドラの原作としては見た記憶がありません。
Commented by er at 2016-10-26 10:51 x
西村京太郎は「殺しの双曲線」と「天使の傷痕」だけ読んだことがありますが、「天使の傷痕」の方は素晴らしかったです。
初期の作品だからかもしれません。
やはり多少読みづらかった覚えはありますが(笑)
Commented by SAKICHI_I at 2016-11-01 23:56
erさん、コメントありがとうございます。
「天使の傷痕」ですね。頭の片隅に置いておきたい・・・と言いたいところですが、僕がこのエントリーを書いてから10年(!)です。さすがに読みたい作家も少しは増えていまして、西村さんの本は読まないかも・・・と思っています。


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