東野圭吾に、ぼう然とする

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『幻夜』という小説を読んだ。
単に小説を読んだというよりは、『幻夜』という体験をした、と言った方が正確かもしれない。
衝撃的だった。

僕の貧弱な読書歴のなかでは、この小説に匹敵する、あるいはこの小説を上回る作品が簡単には見つからない。
無理に思い出せば一つや二つはあるかもしれない。
同じぐらいの衝撃を受けたという意味では、小説よりも映画の分野で探した方が早い。
サスペンスに限れば、『セブン』『ユージュアル・サスペクツ』『羊たちの沈黙』を観たときも同じぐらいのショックを受けた。

僕は創作手段として、映画は小説よりもずっと上だと思っている。
表現できる事の可能性が、映画の方がはるかに大きい。
小説を読んでこのような衝撃を受けることがあるとは、思っていなかった。
その意味では、小説をなめていた、と言えるかもしれない。

『幻夜』は東野氏の以前の作品、『白夜行』の続編とされている。
通常の意味での続編ではない。
それぞれ単独で読んでもまったく問題ない。
だが『白夜行』を先に読んでいれば、『幻夜』を読んだ時のおもしろさが若干増す。
それより何より、『白夜行』自体がこれまた、すさまじい小説である。

『幻夜』の何がすごいか……?
多くは語らないし、語ることもできない。
一つ言うとすれば、その独特の構成。
一人の女が周囲の人間を不幸に陥れながら、成功への階段を上がっていく。
作者は決して、女の内面を描かない。女の真意を描かない。
女の周囲をとりまく人間たちの行動と彼らが目撃したものを通じ、徐々に女の巨大な、とてつもなく醜悪な姿を浮き彫りにしていく。

女に騙され続けてきた男。
そして、ただ一人騙されなかった刑事。
二人はそれぞれの経緯をたどって女の真の姿を知る。
この二人と女、三人が激突する時、何かが起こる――――というのがラストシーンである。

ぞっとするような結末。
あえて言う。僕はこの結末が嫌いだ。
あれだけていねいに、全編にわたって悪意の発露を描写し、読者にまる投げしておいて、回収しない。
この後味の悪さは、ホラーであると言ってもいい。
表現された悪意について、ある程度の決着はつけてほしい。

しかしもし他の結末であったなら、衝撃度は小さくなり、作品の評価も下がっただろう。
それは認める。
あくまで僕の好みの問題だ。

もう一つ難癖をつけるとすれば、物語の前提となる部分のリアリティーが欠けている。
A、Bという二人の人間が旅に出て、Aは行方不明となり、Bは帰ってきたが、なぜかAの顔をしていた。
これを、A、Bそれぞれの知り合いが不思議に思わないはずがない。

僕はこの小説の結末があまりにも気持ち悪いので、こう思うことにした。
物語の設定自体に無理があった。
現実にはあり得ないのだ――――と。
そう思っても怖いが、思わなければもっと怖い。

司馬遼太郎さんに、小説の楽しさを教えてもらった。
東野圭吾に、小説というものいろいろな可能性を見せてもらうことになりそうだ。
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by SAKICHI_I | 2007-06-18 17:58 | その他 | Comments(2)
Commented by ドラ at 2007-06-19 07:29 x
東野さんの悪意を感じたければ(そんなものを感じたいがどうかは分かりませんが)「悪意」がお勧めです。別の感情を抱きたければ「容疑者Xの献身(文庫になっていないと思います)」。じんわり感動したい場合は「時生」がお勧めです。色々なタイプの作品を書いているので読んでて楽しい作家です。
Commented by SAKICHI_I at 2007-06-19 11:56
>ドラさん
ご紹介ありがとうございます。
>東野さんの悪意を感じたければ
そういうのがいいです(^^;)。「容疑者X〜」も読みたいのですが、単行本は電車内で読むとき手が疲れるので文庫本になるのを待ちたい、という横着者です。


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