桃子騒動を考えた

上田桃子さんは批判をあびていた「情熱大陸」中での発言について、公式ブログで謝罪した。
まあ、そうするのが妥当でしょうな。
彼女は政治家でも評論家でもない。
この先、正当性を主張して批判者に対抗しても、何もメリットは無い。
多くの人を怒らせたことは事実だし、あの発言が正しいか間違っているかに関係なく、謝っておくのが無難だ。

そのことは別にいい。
こうなるだろうと思っていた。

それにしても分からないのは、なぜあれほど腹が立てる人間がいるのか、ということだ。
あの発言は軽挙だったと思う。
誉められるべき言動ではない。それは間違いない。
だがかといって、彼女のブログであれほどの痛罵を浴びせるほど腹を立てる人の心境は、僕には分からない。
「将来スポーツで身を立てようと思ったから、プロのないスポーツは選ばなかった」
それだけのことだよねえ。
理にかなっている。

なぜ腹が立てる人間がいるのか分からないので、昨日ずっと考えていた。
(この文章は9日書いた。あれ以来今日までずっと考えていたわけではない)
僕なりに考えた末の結論は、以下のようなものである。

ほとんどの人はどのスポーツをするか選ぶ時、「先がある」かどうかを選択の基準にしない。
仮にその競技がプロスポーツとして隆盛を極めていたとしても、実際に選手になって活躍するような人間はほんのごく一部。
成功するには、まず才能がなければならない。
そして、普通の人間なら逃げ出したくなるような厳しい練習をし続けなければならない。
たとえプロになろうとしても、圧倒的多数の人間はほんの少しの可能性さえないまま終わる。
だから、他の理由でスポーツを選ぶ。
好きだから、仲間を得たいから、体力づくりのため、進学に有利だから、親が薦めたから、たまたま入った学校で盛んだから……
それが、普通だ。

しかし上田桃子はそうではなかった。
少女の時にはすでにスポーツをやって身を立てることを決意していたし、それが可能だということを疑っていなかった。
考え方の次元が、常人とはすでに違っている。
このことが人間として上なのか下なのか問うことは、必ずしも必要ではない。

従って
「このスポーツほどやっていて楽しい競技はないのに、なぜ上田さんは分からないのだろう」
「未踏の高山を踏破したときの達成感は何にも代え難いのに、なぜ上田さんは」
「地区優勝したときの喜びは一生の思い出だ、なぜ(略」
こういう問いかけ自体が上田さんにはまったく意味のないものであり、恐らく彼女は、問われることの意味さえ分からないだろう。
必ずプロスポーツ選手として身を立てるという決意をした人間にとっては、「金をかせぐ」ことにつながる行動以外は意味がない。
それはどっちが正しいとか間違っているとか、良い/悪いという問題ではなく、単に次元が異なっている、というだけの話なのである。

この「次元が違う」ということに気づいた人間は腹を立てなかったし、気づかなかった人間は腹を立てた。
僕は、そういうことだと思う。

我々凡人が凡人の感覚で上田さんのあの発言を聞けば、腹が立つのが当たり前だ。
21歳で賞金女王になろうとする人間は、やはり天才であろう。
天才の言うことを、まともに聞いてはいけないのである。
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by SAKICHI_I | 2007-10-14 13:15 | その他 | Comments(2)
Commented by ドラ at 2007-10-16 08:35 x
>天才の言うことを、まともに聞いてはいけないのである。
同感です。この前の試合は優勝を逃して泣いてました。そういう意味では普通の女性ですよ。
Commented by 左吉 at 2007-10-16 14:12 x
>ドラさん
かなりの差をひっくり返されたそうですねえ。いずれにしても、ブログ炎上は彼女の精神状態をほとんど揺るがさなかったようで(^^;) その週に優勝争いをするのだから大したものです。


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