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高さ27メートルの波

に乗ることに、サーファーが成功したという映像である。



場所はポルトガルらしい。27メートルの高さがあるのかどうか、比べるものが豆粒のようにみえる当のサーファーだけなのでよくわからない。だが間違いないのは、とにかくとてっつもなくデカい波だということである。

こういうものを見ると、「すごい」と感じるよりまず恐怖が先に立つ。東日本大震災で東北を破壊し尽くした津波の映像が、まだまだ記憶に生々しいからだ。

僕がこの映像を見て思ったのは、当たり前のことかもしれないが、「波と津波はまったく違う」ということである。
ここまで大きい波はこのナザレという町でもあまりないらしいが、かといって10年に一度とか50年に一度しかないほど珍しいわけではない。このサーファーたちは大きい波を求め、アメリカからわざわざこの地に移住しているのである。つまり程度の差はあれ、こういう巨大な波は常にこの海岸にある。
しかしこの町の沿岸が波に破壊され、死者や怪我人が出たというニュースをまったく目にしない。
「波」というのは基本、その地点の水位が高くなったり低くなったりするだけの現象だ。沖に浮かぶブイは何回波に洗われても、位置を変えない。縄跳びの端を持って上下に動かすようなもの。縄は波打つが、移動しない。
「津波」はそうではなく、水という質量の移動である。
震災の映像で何回も見た。大きな津波も、小さな津波も被害をもたらした。ポルトガルの波よりもはるかに小さい、時には地をはうようにさえ見える海水が、家々をなぎはらっていった。

27メートルの大波の映像を見て、津波の恐怖を再認識した。
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by sakichi_i | 2011-11-09 12:09 | その他 | Comments(0)

REMが解散

………… _| ̄|○ ガックリ
ロックというものをあれだけ美しい形で表現するバンドを、他にほとんど聞いたことがない。輝くような美しさというよりは、近くで見れば枯れ葉に過ぎない秋の紅葉のような、哀愁に満ちた美しさであった。
残した名曲の数々に感謝。
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by sakichi_i | 2011-09-22 12:15 | その他 | Comments(0)

鳥人間コンテストの変な人

昨日、うちに帰ると日テレで「鳥人間コンテスト」をやっていた。東北大学のチームが飛ぶ直前だった。
東北大は、仙台にある。当然ながら震災で大きな被害を受けた。コンテスト参加チームも、活動を阻害された。それでも彼らは、今年も優秀な機体を作り、この大会に優勝候補としての実力を備えて参加してきた(という内容のことを、放送していた)。
ほとんど全ての日本人にとって、彼らの健闘を祈らない理由はない。

実際飛んでみると、飛行以外に非常に印象的なものがあった。飛行中のパイロットの言動である。

「聞こえる?桂。GPSの信号がない」
「何も聞こえない。無線が」
「くそっ。対岸は見える。だがこれはダメなんだろ」
「GPSが切れたら俺は運転もできないのかよ」
「もう半分くらいの体力を使ってる。帰ってこれるのかこれで」
「悪いねへぼパイロットで」
「エンジンだけは一流のところを見せてやるぜ」
「くそっ!フルパワーだぜ!信じらんねえ」
「俺の人生は、晴れ時々大荒れ。いいね!いい人生だよ」
「風を、風を拾うんだ」
「押されてる。分かってる。分かってるけど、ウワアアアア」
「左足がつってる」
「片足だけで回すのは……右足も限界に近い」
「ウギャアアアア脚があああ動けええええ」
「東北大学だろ!ウインドノーツ(チーム名)だろ!」

TUBE

最初の方で「無線が聞こえない」と言っているように、これは無線の相手との対話ではない。人との対話であれば、「俺の人生は、晴れ時々大荒れ」というような、「知るか」と言われるようなことは言わないと思う。
これを本当に一人でやっているのであれば、「普通心の中で思うだけのことを口に出してしまう変な人」であるが、そうではない。機中にカメラがついている。だから当然、彼のこれらの言葉は視聴者に対して発せられたものだ。
自分で自分を演出し、視聴者の前にヒーローとして映ろうとしているのである。

東北大学チームの健闘を祈らない理由はない、と思ったのだが、ここにあった。パイロットのこの、すさまじいまでの自己顕示欲(笑)。
これに興ざめし、素直に応援する気がなくなった人は少なからずいるような気がする。
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by sakichi_i | 2011-08-20 12:00 | その他 | Comments(0)

湊かなえ『夜行観覧車』長めの感想文

湊さんの作品を読むのは「告白」についで2作目。もしこの2作に共通するものが作風だとすれば、それがだいたい分かったような気がする。

読者の野次馬根性を喚起して小説に引きつけることが、非常に上手い。

各家庭・人間関係の暗部を、醜さをこれでもかと見せつける。こういう人間とこういう人間の関係は確かにこうなるだろうな、と思わせる絶妙の現実味。それがこちらの、小説にでもならなければ決して他人には分かることのないものをのぞき見ているような、ワイドショー的好奇心を引っ張り出す。登場人物は一様に人間的欠陥があり、利己的。その事も、「こいつよりは俺はマシだろう」という優越感を起こさせる。
特に遠藤家の彩花の描写が秀逸。このいかれた娘が切れた母親に首を絞められた時は、黒い爽快感さえ感じてしまった。
遠藤家の隣家のおせっかいなおばさん、ええと小島さんだったか、の腹黒い言動に顔をしかめながら、読んでいるいるこっちもおばさんと同じ興味で読んでしまっているという矛盾。苦笑させられるが、本当に上手い小説だと思う。

以下、不満。やはりあの結末には満足できない。この小説が単に読んでて面白いだけでなく、すごい小説と言われるためには、あれではいけないと思う。
彩花が口にした「坂道を転げ落ちる」(だったか)という言葉にみな目から鱗が落ちたような印象を受け、何となく解決を与えられたような雰囲気になってしまう。この言葉、大層なことを意味しているわけではない。単に、「不満が蓄積して切れる」を別の表現にしただけだ。こういう少々詩的な表現をしただけのことで、そのことを正当化し免罪してもらったような気になってもらっては困る。しかもそれを言うのが、3日に1回ほど「坂道を転げ落ち」ている彩花だ。お前が何でしたり顔で分析してんのか、という話である。
最後の小島家での会合以来、主要登場人物達は良心に目覚めたようになり、おこないを改める。これまで発生してきた問題の根本的な解決方法を与えられたわけでも何でもないのに、である。
我々読者が——と言って悪ければ、僕が——彩花に対して延々とためこんだストレスは解消されることなく、うやむやのうちに話は終わる。母親が首を絞めたことは、確かにある程度のストレス解消になった。しかし彩花のふてくされた態度は直らず、それどころか「おまえらみな坂道病だ」と他人に説教をする存在になってしまう。遠藤家母親の無力、父親の臆病、小島のおばさんの腹黒さ——それらのもの全てに対するストレスは行き場を失う。
こういう終わり方をするぐらいなら、希望のない結末であった方がよかったと思う。例えば、母親が彩花を殺して終わる。そうすれば、高級住宅街の住人が抱える空虚なプライドをもっと浮き彫りにできただろう。残酷話にはなっただろうが、そう思う。
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by sakichi_i | 2011-07-28 18:07 | その他 | Comments(8)

接骨院という奇妙なもの

しばらく前に腰を痛め、接骨院というものに行ってみた。3軒ほど行ってみた。
どうもおかしい。この接骨院(整骨院)という業界は。

とにかく異様に愛想が良い。
院に入った瞬間「こんにちわ!」と従業員全員が大声で迎える。奥のベッドで施術中の人さえも大声を出す。帰る時は「お大事に!」とまたいっせいに声を出す。店を挙げての送り迎えである。その他の受け答えも、全て愛想が良い。そして元気がいい。
つまり病院と逆だ。病院では患者は金を払う方=つまり客でありながら、基本的に低姿勢。医者や看護婦は、まあ別に「治してやる」というような傲慢な意識を持った人が多いとは思わないが、それにしても患者に対してへりくだるようなことはない。

その愛想の良さは、施術中も続く。とにかく、ずっと話しかけてくる。そのうち気がついた。これは治療のためではなく、客(患者)と人間関係を作るために話しかけているのだと。なぜそう思ったかというと、話が治療のことではなく脇にそれても、話がはずみさえすれば喜んでその話を続けるからである。医者と患者の会話という雰囲気ではない。
ベッド同士は薄いカーテンで仕切られているだけなので、他の施術中の人々の話はよく聞こえてくる。極めて和やかな雑談ばかり聞こえてきたような気がする。ある日僕の横で施術していた二人は、90年代アイドルについての話がものすごく盛り上がっていた。

この事だけで、すでに不信感を持った。治療する所(病院ではないし、何と呼んでいいか分からん)がなぜ、本来の職務、つまり関節痛などを治す能力以外の部分で患者を引きつけようとする必要があるのか。それは、つまり治療する能力が低いことの証ではないのか。
こっちは痛いから来ているわけで、それさえ治してくれればいくら愛想良くされても別にもう来たくない。患者と人間関係を作り、リピーターにしようとすること自体がおかしい。何回も来てくれということは、早く治すということと完全に正反対ではないか。

おかしいと思うことはもう一つある。こういう所を一番必要としているはずの、爺ちゃんと婆ちゃんがいない。

これらの事を考え合わせ、以下のような推測をするに至った。
接骨院というのは患者の疾病を完全に治そうとはせず、むしろ引き延ばしながら、患者がずるずると何回も来院することを目的にしているのではないか……と。

そしてそのメインターゲットになっているのは、中年女性である。
施術師(柔道整復師という)は9割方男。20代〜30代前半の男性が多いようだ。そしてどうも医者らしからぬ、といっても医者ではないが、そういう感じのチャラい人がちらほらいる。一度、茶髪でロン毛の男性整復師に当たった。
上で書いたように院内の会話は、ほとんど筒抜けで聞こえてくる。中年女性の組だけ、会話の雰囲気が違う。何というか、女性の声に常に「ウフ……」という感じの喜びが混じるのである。
接骨院のマッサージは微妙な所を触るわけではないが、お尻や脚はしょっちゅう触る。それを嫌がる女性がいてもおかしくない程度に触る。従って、2回以上行っている女性は間違いなく、それを承知で行っているのである。
皆が皆そうだとは言わないが、若い男に触られたり話したりすることを主目的に、あるいは主目的ではなくてもそれを楽しみに接骨院に行く女性は間違いなくいる、と思う。

下の会話は、ネットで検索して出てきた知らない方のブログより。無断引用すいません。

そこで治療を受けていた私の隣のベッドから何やらおかしな会話が聞こえて来ました。
先生「僕、来週の木曜日、誕生日なんですよ。だから来て下さいね!」
患者「プレゼントは何がいいの?」
先生「会いに来てくれれば、それでいいですよ!」
患者「え~!本当にそれだけでいいのぉ~ん(甘い声)」


ホストクラブの会話である。施術師の誕生日が、なんで客に関係あるんじゃという話。
それから、整骨院のホームページでこのようなものがあった。
b0054053_18243463.jpg
(目線は左吉が入れた)
完全に、「僕らイケメンが奥様をお待ちしています」という構図。ここはさすがに、行く気が起きなかった。入った瞬間、「なぜ来たんだ」というような空気になってはたまったものではない。

さて、接骨院にこういう「プチホストクラブ」の実態があるとしても、それだけで声高に非難するのは難しい。男性向けにはもっと前から、そういう店がある。それから、体を触っていると言ってもさすがに性的サービスをしているわけではないから、違法でもない。
困るのはそれに、保険が適用されることである。つまり平日の午後、時間の空いた奥様がそんなに腰が痛くもないのにマッサージで気持ちよくなることに、血税が使われている。

実はそれは、国が禁止している。

整骨院や接骨院で骨折、脱臼、打撲及び捻挫(いわゆる肉ばなれを含む。)の施術を受けた場合に保険の対象になります。
単なる肩こり、腰痛などに対する施術は保険の対象になりません。このような症状で施術を受けた場合は、全額自己負担になります。
(厚労省のホームページより)

明確な疾病がなければ、保険を適用してはいけないのである。ところが現実には、「なんとなく腰が痛い」という患者に対するマッサージにも全て保険が適用されている。なぜそう言えるかというと、僕自身がそうだったからだ。すべての通院時にそういう状況で、そして常に保険の適用を受けた。初診で1000円を超えたのみで、あとは数百円の請求しかされなかった。
ただでさえ、とんでもない巨額となっている医療費。ここに「ただのマッサージ」が加わり、さらに問題は深刻化する。
接骨院は、気をつけて歩いてみると驚くほど多い。一刻も早く、社会問題化した方がいいと思う。

ちなみに似たような名前の「整体」は、保険がきかない。間違えて行くと、数千円をとられることになる。
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by sakichi_i | 2011-07-12 18:33 | その他 | Comments(16)

松本とかいう奴の件

朝のニュースを見て仰天。宮城県庁にヤクザが乗り込み、多くの職員やカメラが注視するなかで知事を脅していた……!
と思ったら、松本とかいう現役の大臣だという。絶句。

【J-CASTニュース 7月4日(月)20時2分配信】
松本氏は、2011年7月3日に就任後初めて岩手・宮城両県を訪れた。
 東北放送のニュース番組によると、宮城県庁を訪れた松本氏は、村井嘉浩知事が自分を応接室で待たせたことに腹を立てた。数分後に村井知事が笑顔で現れて握手を求めると、松本氏は、「終わってから」と言って拒否。村井知事が水産特区を要望すると、県がコンセンサスを得ないと国は何もしないと突っぱね
(補足。松本氏の発言は「県でそれコンセンサスを得ろよ。そうしないと我々は何もしないぞ。ちゃんとやれ」)、応接室で待たせたことをこう非難したのだ。
 「お客さんが来るときは、自分が入ってからお客さんを呼べ。いいか、長幼の序が分かっている自衛隊なら、そんなことやるぞ!」
(最後の「そんなことやるぞ」は意味不明だが、多分「そうはいかんぞ」というような意味だろう)
 村井知事が自衛隊出身なのを指して言ったらしい。松本氏が身を乗り出して同意を迫ると、村井知事は、年下であることを意識したのか、「はい」と答えた。しかし、顔は引きつり、苦笑いを浮かべていた。
 さらに、松本氏は、最後の言葉をオフレコとして、報道陣を見渡しながら、「書いたら、もうその社は終わりだから」と威嚇した。東北放送は、この場面さえ流しており、脅しには安易に屈しなかったわけだ。
 その後、次々に他のマスコミが報道し始め、松本氏は、岩手県庁訪問でもきわどい発言をしていたことが分かった。
 達増拓也知事が仮設住宅を要望したのに対し、「本当は仮設はあなた方の仕事だ」と指摘。さらに、「知恵を出したところは助けるが、知恵を出さないヤツは助けない」「九州の人間だから、東北の何市がどこの県とか分からない」と放言を繰り返した。


人間として間違っている点が多すぎて発狂しそうだ。マジに殴りてえコイツ。

この暴言は、東北放送がニュースで流して初めておおやけになったらしい。ということは他の放送局は、松本の恫喝に屈したのか? 松本がやろうとしたのは報道規制。憲法違反じゃないか。全メディアが真っ先に取り上げ、糾弾すべきだろうが。

それと総理大臣。こんな奴、辞職させてどうするよ。絶っっっ対更迭。クビにするしかない。

この国の政府、メディアともこのレベルなのかよしかし……。
久々に、暗澹とした気分になった。
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by sakichi_i | 2011-07-05 15:37 | その他 | Comments(0)

ベストセラー、何冊か

売れた本をいくつか読んでみた。
読もうとして、本が売れない時代だということをあらためて実感した。何がベストセラーなのかということ自体が、分からない。最も知られているはずのものを調べなければならないという、滑稽な状況である。
この数ヶ月を例にとっても、熱心な読書家とは言えない人間(僕を含めて)が知っているベストセラーは多分、「もしドラ」だけだろう。

●冲方丁 『天地明察』
史実考証が綿密で、文章は奇をてらわず丁寧で、好感の持てる小説である。好感は持つが、面白いか面白くないかで言うと、あまり面白くない。それと長い。
暦、数学、碁。とにかく題材が地味。その足かせをつけたまま話を盛り上げようと最大限の努力をしたけども、大成功はしなかった……という感じ。
ただまあ、こういう本もあっていい。すべての小説で、人が死んだり世界が滅んだりする必要はない。僕の好みではない、というだけだ。「天地明察」が売れるということは、世の中は僕が思うほどには殺伐としていないということか。

●夏川草介 『神様のカルテ』
全編ヒューマニズムにあふれた、いわゆる「臭い」作品なのだが、その臭さをあまり感じさせない。不思議な魅力をもった好編。しょっちゅう現れる冗談に「どうだおもしろいだろう」というドヤ顔感があり、それがちょっと鼻につく。

●湊かなえ 『告白』
久々に、単におもしろいのではなく「すごい」と思う小説に出会った。個人的には、東野圭吾のいくつかの小説以来である。
女性教師の娘の「事故死」。それが事故死ではなく、生徒による殺人であることを暴く「告白」。教師の告白に端を発し、次々と行われる主要人物の告白は、一方は過去へと向い、それぞれの家庭のゆがみと、そこで培われた悪意をあらわにする。そしてもう一方は現在進行していることを描き、登場人物たちはそこで悪意をさらに増幅させ、より凶悪な犯罪へとらせん状に向かっていく……。
壮絶だ。

●和田竜 『のぼうの城』
何かの能力が突出した特異なキャラとか、大げさなセリフ、少々無理な展開。この作者は漫画家か、漫画原作者になりたかったのではないか。それらの漫画的な表現は、画力によって強引に納得させられなければ、要するに漫画でなければ、やはり違和感がある。
あるいは見方を変えれば、荒唐無稽な娯楽小説にしたいのか、史実を重視したスリリングな歴史小説にしたいのか、迷っているようにも見える。
いずれにしても今のままでは、一言で言って嘘くさい。
(追記)いま知った。映画の脚本が土台だそうだ。納得。小説らしからぬ小説であることが、すべて腑に落ちた。
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by sakichi_i | 2011-06-22 15:34 | その他 | Comments(0)

NBA 2K11

を今さらながら購入。2週間ほど前のこと。

選手の操作は非常に難しい。コントローラーのほとんど全てのボタンを使い、ものすごく多くの種類の動きをする。例えばオフェンスのポストプレーから始まる動きは、マニュアルによれば21種類ある。
簡単な操作をすれば簡単に遊べるというものではなく、割と基本的なプレイをするだけでもけっこう多くの操作を覚えなくてはならない。僕は長い間ゲームから遠ざかっていたし、もともと不器用なので、たいへん苦労している。
やり始めてしばらくし、この事が分かった時点で、やめようかと思った。が、さすがに早すぎると思い直して続行。
架空の選手を育てつつ闘う「マイプレイヤー」モードを開始した。
後で思ったのだが、このような長文を書いたということは、僕はこのゲームを十分楽しんでいると思う。

だいぶ前NBA LIVEをやった時は、でかくて機動力のある選手がいることが勝利への早道だった。これを踏襲し213cmのセンターを作成。日本人的容姿は選べない。白人にしておいた。ニックネームは「Goose」にした。特に理由はない。
「マイプレイヤー」モードのシステムは、この架空の選手に練習をやらせたり試合をやらせたりしながら能力を高め、優勝を目指すというものである。

まずドラフト前のワークアウトからスタート。つまり最初の時点では学生。他のドラフト指名予想選手達とともに何回か練習試合をやる。ここである程度スカウトの目にとまるような活躍をしなければ、NBAチームの指名を受けることができない。去年のドラフトが下地になっているので、ともに練習する仲間にはジョン・ウォール、フェイバーズ、カズンズ、アミヌなどがいる。
練習試合開始。だがGooseはまだ能力が低いし、僕の操作が下手なので、全然活躍できない。特にマッチアップしたグレッグ・モンローにはさんざんやられた。さすがに1年目からスターターになるような選手は違う、と感心した。
ワークアウトの結果があまりにも悪かったせいだろう、ドラフト前にスカウトが来て「お前の指名は多分ない」と言われた。しかし幸い、2巡目でウイザーズが指名してくれた。
シーズン開幕。プレシーズンマッチはなく、いきなりレギュラーシーズン開始。Gooseは控えセンターとして出場。だがまだまだ技術はつたない。何の貢献もしないどころか、チームの脚を引っ張ることが続く。6試合終わった時、ウイザーズを解雇されてしまった。確かリアルのNBAでは、2巡目選手は1年の契約保証があったような気がするが……。
とにかく、ゲーム上では首を切られてしまう。NBDLのチームに入り、ここを舞台に上を目指すことになった。この頃から少しずつ操作に慣れ、また能力もやや上がってきた。大活躍はできないものの、堅実な働きをするようになってきた。
その努力の甲斐あってか、こんどはスパーズが契約してくれた。
スパーズでもCの控えとして、試合の半分弱出場。スパーズで10試合ほどプレーした頃には、まだまだスターにはほど遠いものの、ロールプレイヤーとしては並にやれるようになってきた。
こうなると、プレイタイムへの不満が出てくる。スパーズには何といってもダンカンがいるので、もう一人のインサイドはあまり活躍する機会がない。それとぶっちゃけ、スパーズというチーム自体あまり好きではない。そこでトレード要求してみた。もちろんトレード要求すればすぐ移籍できるわけではない。だがそれからしばらくして、キャブスが興味をもってくれた。トレードが成立し、CLEへ移籍。これが確か、シーズン開始から25試合目ぐらいのことだったと思う。
CLEへ行ってみるとなぜかバレジャオはチームを出ており、いきなりスターターCで試合に出ることに。ジェイミソンもいない。このようにこのゲームは、多分現実のNBA以上に選手の移籍は激しい。

移籍した時点でCLEの布陣は
PG:モー・ウィリアムズ
SG:ウィリー・グリーン
SF:ジョーイ・グレアム
PF:アル・ハリントン
C:Goose(俺)

CLEでの試合開始。やはりスターターだとやり甲斐が違う。だが、まだまだ下手。毎試合四苦八苦しつつシーズンは進行。このチーム、リアルの方のCLE同様ものすごく弱い。基本的に連敗状態で、7〜8試合に1回ようやく勝つといった感じ。
弱点はなんといっても、ディフェンス。CのGooseもものすごくディフェンスがいいわけではないが、それにしてもガードのDが悪い。外のシュートを簡単に打たせ過ぎる。
オフェンスの方ではモーが早撃ちすぎる。ボールを持つととにかく攻めて、他の選手が行ってなくてもさっさと打ってしまう。しかもよく外す。これでは必死にコートを行き来するのが馬鹿馬鹿しくなる。
ヘッドコーチはひっきりなしに替わる。弱いとはいえ、とんでもなく短期間で替わる。若手から名将までものすごく大勢のコーチがうちに来た。覚えているだけでも、スカイルズ、オブライエン、スポエストラ、カーライル、ダントニ、ジョージ・カール、エイデルマン、ラリー・ブラウン、ジェリー・スローン、ポポビッチ、フィル・ジャクソンが来た。誰一人、チームを救うことはできなかった。

キャブスでの1年目のシーズン終了。確か15勝ぐらいだったと思う。

オフの間に、CLEと再契約。
選手のトレードはあまりなかったが、グリーンが去った。加入してきたのが、なんとアレン・アイバーソン。モー一人でさえ手を焼いているところに、それに輪をかけてやっかいなのが来た。2年目のシーズンが思いやられる。
シーズンが始まってみると驚いたことに、アイバーソンはSGとして先発起用である。モーはPGでダブルガード。これでは2人でほとんどのシュートを打ってしまうのではないかと、暗澹たる気持ちになる。

2年目のCLEの布陣は
PG:モー・ウィリアムズ
SG:アレン・アイバーソン
SF:ラブ(架空。現MINのK・ラブではない)
PF:アル・ハリントン
C:Goose(俺)

シーズン開始。意外とアイバーソンが良い。全盛期を彷彿とさせる。やや打ちすぎではあるが、難しいシュートをよく決める。チームメイトへのいいパスも多い。そのせいか、他の選手のアウトサイドのシュートがよく入るようになってきた。1年目よりはチームは勝つようになった。負けるにしても、惨敗が少ない。
Gooseは少しずつ成長してはいるものの、まだまだスターと言うにはほど遠い。試合ごとにそのプレーぶりを評価され点をつけられるるのだが、A〜DのうちよくてもC+である。
そのように、遅々として進まないGooseのスター街道だったが、嬉しい驚きが。なんと2月、フレッシュオールスターの一一員に選出された。2年目選手のチーム入りである。自分では全然だめだと思っていたが、意外とよくやっていたのだろうか。

2年目のキャブスは昨季よりマシとはいえ、大して強いわけではない。このフレッシュオールスター出場意外に目立ったこともなく、シーズン終了。確か25勝ぐらいだったと思う。

↑いまココ

やはりディフェンスが改善されなければ、チームの上昇はないだろう。モー&アイバーソンは意外と良かったとはいえ、チームを強豪へと導けるガードではない。なんとか今オフは、落ち着いたPGと、ディフェンスの良いSGを獲得してほしいものである。
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by sakichi_i | 2011-04-13 16:39 | その他 | Comments(0)

ACの新しいCMの件

トータス松本が最期に「日本の力を信じてる」というACの新しいCM。
聞こえるたびに、元気づけられるどころか少しイラッとする。
なぜなのか考えてみた。

まず、言い方が他人事。自分は関わらないかのようだ。
外国からそういうメッセージが寄せられるなら、分かる。しかし当の日本人がそれをCMで言うと、「お前も当事者の一人とちゃうんかい」と思う。

それから言葉の内容。こんにちのこの事態は我々日本人が自らの力に自信をなくしたから発生したのではなく、自然災害による物理的な破壊がもたらしたものだ。復興にあたり我々が日本の力を信じるのは当たり前で、その上でさらなる努力をしなければならない。信じるだけでは何にもならん。
そもそも、日本の力を疑った覚えはない。「日本の力を信じてる」という文言は、我々を「日本の力を疑っているかもしれない」というレベルに引き下げる。

とはいえ、ではどういう言葉がいいのか、それも難しい。

見とけよ世界 俺たちは復活する

ACの広告のように日本人が日本人を客観視するのではなく、「世界」という相手を想定してみた。
同じようなパターンで、このたび世界各国から多大な援助が寄せられていることを鑑みて

世界の皆さん 借りは倍にして返します

我ながら、ACの広告よりは良いと思う(笑)
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by sakichi_i | 2011-04-02 22:35 | その他 | Comments(4)

脱・自粛を俺もすすめる

少しずつ、震災後の「自粛」をやめようという意見が各メディアで出てくるようになってきた。
例えば週刊プレイボーイの
『全国民が復興に貢献するために 今こそ「脱・自粛』でニッポンを動かせ!』
僕もまったくその通りだと思う。

確かにまだ、イベントに参加したい気分ではない。贅沢なものを食べたい気分ではない。酒を飲んで騒ぎたい気分ではない。
しかし現実問題として、これまでそれらの事業を営んで生計を立ててきた人々がいる。
自粛があまりにも長く続くと、これらの産業は打撃を受ける。そしてそれに携わって来た人々の失業や給料の減少につながり、消費の落ち込みを引き起こす。これが悪循環の発端となり、経済活動全体が元に戻らない。

我々は、東北を復活させなければならない。だから、バブルの崩壊以来ずっと苦しんできたとはいえ依然強大なこの国の経済力を、強大なまま保たなければならない。それができれば、今回被害を受けた全市町村の復興を引き受けても日本経済への決定的ダメージとはならない、と僕は思う。
そのために個人でできることは、少なくとも今まで通りに働くこと、支出をできるだけ減らさないことの二つである。

テレビやラジオから、時々「東京から元気になろう」といった言葉が聞こえてくる。実質的意味は、上のようなことである。僕はこういう言葉を使うのはやめた方がいいと思う。
「元気になれ」と言われてもまだまだそういう気分ではない。元気になるためではなく、東北と日本、そして自分のために、度の過ぎた自粛はやめる。それが真理なんだからそう言えばいいのである。それで、言われた方は後ろめたさが無くなる。
政府を初め行政には、この分野でもリーダーシップを発揮してもらいたい。
そしてもう一つ。あくまでも推測だが、今回の特定商品買い占め騒動で、儲けた企業はあると思う。そういう企業には、その利益をぜひ社会に還元してもらいたい。

この震災を、日本の崩壊の序曲としてはならないのである。
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by sakichi_i | 2011-03-29 17:58 | その他 | Comments(0)