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07ドラフトとその前後のトレード

明日明後日と社員旅行へ行くため、現時点の情報をもとに感想を書いておく。
といってもドラフトされた選手のほとんどを知らないので、ああそうなりましたか、程度の感想しかない。
大きなサプライズと言えるようなピックは無かった。
それより1・2位指名のPORとSEAがどちらも中心選手をトレードで放出したことに驚いた。

少し驚いたのは、マイク・コンリーJrの4位指名。
身長180cm余りの選手としては、非常に高い評価を得たと言っていいだろう。
MEMは年来PGに困っているので、即戦力としての獲得だと思う。
それと、去年の世界選手権でも活躍したイタリアのやさ男が18位指名でウォリアーズへ。
シュートがうまい選手だとは思ったが、1順目指名されるとは思わなかった。


■SEA→BOS
 レイ・アレン、35位指名権(グレン・デイビス)
■BOS→SEA
 ザービアック、ウエスト、5位指名権(ジェフ・グリーン)
SEAの意図はよく分からない。デュラントの活躍の場を確保するためなら、アレンを残しFAのルイスと再契約しない方が簡単だし、自然なのだが。ポジションではアレンよりルイスの方が、デュラントとかぶっている。
BOSはピアースとアレンという、目新しいコンビとなった。組み合わせとしてはバランスが悪く、相乗効果を生むような感じはしない。だがBOSはどうせ動かなくてもじり貧だし、思い切ったことをやってみるのもいいのではなかろうか。

■POR→NYK
 ランドルフ、ディカウ、フレッド・ジョーンズ
■NYK→POR
 フライ、フランシス
双方うまいことやったと思う。フランシスはさすがに控えで使うのは惜しい男。フライは怪我で欠場している間にリーが台頭し、その後はパッとしなかった。オデン+ランドルフも悪くはないだろうが、スターPGとの組み合わせの方がもっといい。それとオルドリッジが成長すれば、ビッグマンが余る。

■GS→CHA
 ジェイソン・リチャードソン、Jermareo Davidson(36位指名)
■CHA→GS
 ブランドン・ライト(8位指名)
モンタ・エリスが台頭したため、JRがお役ご免になった……という感じ。
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by SAKICHI_I | 2007-06-29 16:26 | NBA関連 | Comments(0)

『ZODIAC』——フィンチャーの汚点

デヴィッド・フィンチャーという映画監督は、つまらない作品を撮ったことがない。

『エイリアン3』(1992年)
『セブン』(1995年)
『ゲーム』(1997年)
『ファイト・クラブ』(1999年)
『パニック・ルーム』(2002年)

質的な多少のバラつきと興行的な成功/失敗の差はあるものの、どれもおもしろい映画だった。
緊張感のある画面を作ることに関しては、フィンチャーは当代随一であると僕は思っている。

というわけで、現在公開されている『ZODIAC』は、フィンチャーの映画監督キャリア初の凡作である。

何がつまらんと言って、とにかくストーリーがつまらん。
あそこまでストーリーがだめだと、演出がどうのこうのという問題ではない。
逆にあの脚本でおもしろい映画を作る人間がいたらびっくりするわ。
脚本も当然、監督の責任範囲内であろう。

連続殺人があり、それを追う刑事。素人(新聞社つきの漫画家)。いくつかのミステリアスなヒント。
ありふれたパターンである。
まあ、ありふれている事は別にいい。それが映画の良し悪しを決定するわけではない。

観客に何を見せたいのか、はっきりしない。
犯人と刑事・市民との対決を描くサスペンスではない。
犯人は少し現れてその後消え去るので、凶悪な犯人の姿は像は浮かび上がってこない。
謎解きを楽しむミステリーでもない。
事件の状況と被害者の人間関係の全容が明らかにされていないので、新事実が明らかになっても「なるほどそうだったのか」という驚きがない。

実際にあった事件をもとにしているらしい。
だから事実とあまりかけ離れるわけにいかず、劇的な展開にできなかった、ということは考えられる。
しかしそれなら、なぜこの事件をわざわざとりあげたか、という話になるわけで。
実話だからおもしろくなくても良い、などという理屈は興行としての映画には無い。

これらの要因は、この記事を書くために後で考えた。
実際に映画を見ている時は、小難しいことを考えるまでもない。
とにかく退屈だ。
2時間40分ぐらいはあっただろうか。長ったらしい映画である。
その間、少なくとも2回は寝た。トータル何分寝たかは分からない。

フィンチャーが今後おもしろい映画を撮り続けたら、『ZODIAC』は彼のキャリア中の汚点と呼ばれることになるだろう。
僕としては、ぜひそうなってほしいと思っている。
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by SAKICHI_I | 2007-06-28 15:07 | その他 | Comments(0)

KGがサンズに?

トレード情報についてはどうせ99%はガセ、あるいは動きがあるのは本当でも合意には至らないだろうと思い、意図的にシカトしているのだが…………

Timberwolves talking three-way Garnett deal

Yahoo! Sportsに記事が出た。
「トレード成立まぢか」だとのこと。
「間近」だ。シャレではないが、「マジか」と言いたくなるようなビッグトレードである。
情報源は「リーグ筋」と「ある球団の幹部」。

もしこの記事の通りにトレードがおこなわれれば、

●MIN→PHO
 ケビン・ガーネット
●ATL→MIN
 今年度指名権3位、11位、パチュリア、アンソニー・ジョンソン
●ATL→ATL
 アマレ・スタウドマイア

まだ確報ではないので、感想を書くことは避ける。
だがもし実現すれば、来季のサンズは面白そうじゃないですか。

【追記】

あの後ESPNを見てみると、上のYahooの記事より半日後の時刻の記事で「トレードは当面保留」となっている。
ホークスのオーナーの一人が反対したとのこと。
ただし、完全に破談になったわけではないらしい。
まだ予断を許さない。
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by SAKICHI_I | 2007-06-28 12:42 | NBA関連 | Comments(0)

東野圭吾に、ぼう然とする

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『幻夜』という小説を読んだ。
単に小説を読んだというよりは、『幻夜』という体験をした、と言った方が正確かもしれない。
衝撃的だった。

僕の貧弱な読書歴のなかでは、この小説に匹敵する、あるいはこの小説を上回る作品が簡単には見つからない。
無理に思い出せば一つや二つはあるかもしれない。
同じぐらいの衝撃を受けたという意味では、小説よりも映画の分野で探した方が早い。
サスペンスに限れば、『セブン』『ユージュアル・サスペクツ』『羊たちの沈黙』を観たときも同じぐらいのショックを受けた。

僕は創作手段として、映画は小説よりもずっと上だと思っている。
表現できる事の可能性が、映画の方がはるかに大きい。
小説を読んでこのような衝撃を受けることがあるとは、思っていなかった。
その意味では、小説をなめていた、と言えるかもしれない。

『幻夜』は東野氏の以前の作品、『白夜行』の続編とされている。
通常の意味での続編ではない。
それぞれ単独で読んでもまったく問題ない。
だが『白夜行』を先に読んでいれば、『幻夜』を読んだ時のおもしろさが若干増す。
それより何より、『白夜行』自体がこれまた、すさまじい小説である。

『幻夜』の何がすごいか……?
多くは語らないし、語ることもできない。
一つ言うとすれば、その独特の構成。
一人の女が周囲の人間を不幸に陥れながら、成功への階段を上がっていく。
作者は決して、女の内面を描かない。女の真意を描かない。
女の周囲をとりまく人間たちの行動と彼らが目撃したものを通じ、徐々に女の巨大な、とてつもなく醜悪な姿を浮き彫りにしていく。

女に騙され続けてきた男。
そして、ただ一人騙されなかった刑事。
二人はそれぞれの経緯をたどって女の真の姿を知る。
この二人と女、三人が激突する時、何かが起こる――――というのがラストシーンである。

ぞっとするような結末。
あえて言う。僕はこの結末が嫌いだ。
あれだけていねいに、全編にわたって悪意の発露を描写し、読者にまる投げしておいて、回収しない。
この後味の悪さは、ホラーであると言ってもいい。
表現された悪意について、ある程度の決着はつけてほしい。

しかしもし他の結末であったなら、衝撃度は小さくなり、作品の評価も下がっただろう。
それは認める。
あくまで僕の好みの問題だ。

もう一つ難癖をつけるとすれば、物語の前提となる部分のリアリティーが欠けている。
A、Bという二人の人間が旅に出て、Aは行方不明となり、Bは帰ってきたが、なぜかAの顔をしていた。
これを、A、Bそれぞれの知り合いが不思議に思わないはずがない。

僕はこの小説の結末があまりにも気持ち悪いので、こう思うことにした。
物語の設定自体に無理があった。
現実にはあり得ないのだ――――と。
そう思っても怖いが、思わなければもっと怖い。

司馬遼太郎さんに、小説の楽しさを教えてもらった。
東野圭吾に、小説というものいろいろな可能性を見せてもらうことになりそうだ。
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by SAKICHI_I | 2007-06-18 17:58 | その他 | Comments(2)

とんだ茶番

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トレード要求の件である。
LAレイカーズのコービー・ブライアントさんは自らのウェブサイトにおいて、かねてから表明していた「チームを出たい」という意志を再度強調した。
現地17日、昨日のことだ。
現時点で、公的な場における発言としてはこれが最新のものだろう。

この件に関して僕が思うのはまず、今まで「レイカーズのコービー」を応援してきた人々に対しての、まったく無惨な仕打ちであると。
彼の思惑どおり移籍となれば、残されたファンは悲しいし、腹が立つだろう。
トレード交渉がうまくいかず残留となったら、来季ファン達は観客席で、いったいどのような表情でレイカーズとコービーを応援すればよいのか。
想像しがたい。
僕はLALファンにいやおうなしになるような状況がなく、つまりロサンゼルスに生まれ育つなどの状況がなくて幸運だったと、今は思う。

LALの他の選手達に対する仕打ちは、それをも上回る。
「無能」の烙印を押されたのである。

コービーはサイトでの発言の中で言っている。
「レイカーズを愛している。このチームを離れることなど、考えたくもない。しかしバスケットに関してどうしても譲れないことは、『勝つ』ということだ」
これでは、いくら口で「愛している」と言っても意味がない。
「勝てないチームのことなんぞ知ったこっちゃない」と言っているのと同じだ。
本心ではそう思っていても、公共の場で発言すべきことではない。

そしてこれは、今までコービーがとってきた行動からしても矛盾する。
2004年の夏。
コービーとシャキール・オニールの確執が連日メディアを騒がせていた。
それぞれが、もう共にはプレーをしたくない、という段階にまできていた。
コービーはその時、FAという選手にとっての最大の武器を有していた。
気に入らなければ、他のチームと契約する。
チームはコービーを選んだ。シャックはMIAにトレードされた。
そして、フィル・ジャクソンも同様にコービーと激しく対立していた。
チームはコービーを選んだ。ジャクソンは退団した。
(のちにジャクソンと和解したことは、彼としては珍しく賢明であった)

ことの真相についてうんぬんするのはやめておこう。
だいぶ前のことだ。当時から憶測で書かれた記事も多かった。
だが少なくとも結果としては、コービーがシャックとフィルを追い出した。

言うまでもない。
優勝の可能性を高める存在として、この二人、NBA史上においてもトップクラスに位置する。

2004年の夏。
コービーは間違いなく「勝利よりも自分」を優先した。
だから今、彼が「勝利が何よりも大事」と言ったところで、どれほどの説得力があろうか?
例えば彼がシカゴにトレードされた場合。
タイラス・トーマスが急成長し、25点12リバウンドの選手になり、コービーを上回る選手になったとして。
コービーがおとなしく「二番手の選手」におさまる保証がどこにあるか。
最も大事な時に「勝利よりも自分」を優先しないという保証がどこにあるか。

僕は今、自信をもって言える。
この選手は、「マイケル・ジョーダン」にはならない。
チームメイトの信頼を得られない。


さて話は変わり、実際にコービーの移籍が実現するかどうか。
僕はぜひ東のチームに来てほしいと思っている。
シカゴと話がまとまればそれもいいだろう。
コービーとレブロン、ウェイドの対決をプレーオフで見てみたいものだ。
そして彼らの踏み台になってくれればなお良い(笑)。

移籍が実現する可能性は、けっこう高いらしい。
以下、2ちゃんねるで見知らぬ人が語っていた話。裏はとってない。

現在レイカーズの実権は、オーナーのジェリー・バスから彼の息子達に移っている。
彼らはコービーが好きではない。
経営陣も、おおやけに批判されたことから、当然反コービー。

従って今や、LAL内部にはコービーのトレードを阻害するものは無い。
あるとすれば、他チームがLALの満足する条件を出せるかどうか。
それともう一つ、コービー自身が移籍先に満足するかどうか。彼はトレード拒否権を持っている。
しかし僕は、よほどの事がない限りトレードが成立すると思う。
ここまでチームと隔絶した選手がそのチームでプレイすることなど、とても考えられない。
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by SAKICHI_I | 2007-06-18 12:05 | NBA関連 | Comments(6)

ファイナル終了、スパーズ優勝

('A`) …………
悪い意味で絶句するシリーズになってしまった。
世界最高リーグの決勝で、あのようなミスの多い試合を見せられることになろうとは……。

スパーズに負ける前に、まず自分たちに負けておる。
いくら初めてのファイナルだとはいっても、3試合目あたりからは精神的安定を取り戻さにゃいかんでしょ。

数日前の記事に、イルガウスカスのコメントが載っていた。
「ピストンズに勝って、達成感があった。うかれてしまった」

まあ、そうでしょうな。
キャブスのファイナル進出を予想したファンも、評論家もほとんどいなかった。
僕もそれが決まった時、「おめでとう」と書いた。
「おめでとう」は本来、最終的な目標を達成した時にのみ使う言葉だ。

しかしその祝賀気分をぶっ壊す物が待っていた。
確かにスパーズは強かった。
しかしファイナルの舞台という精神的重圧は、あるいはそれ以上だったかもしれない。
現メンバーのキャブスになってから、あれほどオープンのシュートを外し続ける試合を見たことがない。

キャブスは相手に負ける前に、ファイナルそのものに負けた。

僕はシリーズが始まる前、たとえキャブスが負けてもそれはそれで面白い、と思っていた。
「初ファイナルで強者の壁に跳ね返された」という図式が、レブロンのキャリアのドラマの一環として意味のあるものになるかもしれない、という意味だ。

だが負け方としては、最悪の部類だった。
レブロンはキャリア最大の挫折を味わった。
間違いなく 『挫折』 である。
チームではなく、いやチームもだが、自分自身も通用しなかったのだ。

レブロンはこの屈辱を忘れず、来季以降一回りも二回りも成長しなければならない。
でなければ、スーパースターではない。

最後に、キャブスの誉めるべき点を。
彼らのディフェンスは本物だった。
今のダンカン、パーカー、ジノビリを同時に止めるチームなんぞ、NBAに存在しない。
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by SAKICHI_I | 2007-06-16 00:13 | NBA関連 | Comments(2)

ファイナル Game3

San Antonio 75, Cleveland 72

キャブスの2点ビハインドで残り24秒を切った場面、つまり実質上「最後の攻撃」でバレジャオがシュートを打ったことについてレブロンは
「ボールを返してもらうつもりだったんだけどね。ミスコミュニケーションだ」
と言っている。
バレジャオとしては「託された」と思ったんでしょうなあ。
普通に考えればここはレブロンのシュートか、レブロンのボール保持からフリーになった選手へのアシス→シュートのどちらかしかないわけで、バレジャオのプレイは完全なボーンヘッドである。

しかし、あまりバレジャオを責める気持ちもわかんなあ。
今プレーオフでのバレジャオの貢献を考えても。
年間100試合近く試合すりゃ、何回かとんでもないミスをすることもあるだろう。

それよりもあの時、なぜタイムアウトをとらなかったか。
こっちの方が不思議だ。
タイムアウトはまだ2回残っていたはずだ。
選手に方針を確認しておけば、バレジャオのシュートで終わることはなかったはずだ。

何より、チーム全体が外のシュートを落としすぎっすよ。
あれだけシュートが入らなかったのに、逆によく接戦に持ち込んだとさえ言える。
レブロンもゴール下まで入り込みながら、レイアップを外しすぎた。
まだまだシュート感覚がおかしい。
精神的なものが原因だと思う。

ヒューズは今日から休み。
休むほど怪我が悪化していたなら、なぜ1・2戦で使ったか…………?
僕はコーチの采配を非難することはほとんどないのだが(素人だから何が悪いかわからない)、ヒューズの件に関してはミスだと思う。

そしてヒューズ欠場に伴い、ファン念願のスターターとなったギブソン。
今日はシュートが入らなかった。
ガードですから。そう毎試合毎試合入り続けるわけではない。
これも責める気にはなれん。
それよりも、パーカーが1・2戦であれだけ大量点を挙げたのは、やはりヒューズのディフェンスに問題があったからだということが明らかになった。
ギブソンなら、パーカーにめちゃめちゃにはやられない。

この試合では、SAを75点に抑えたディフェンスに小さな光明が見えた。
4・5戦を連勝する可能性は、わずかではあるがある。
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by SAKICHI_I | 2007-06-13 23:31 | NBA関連 | Comments(4)

NBA Finals Game2 San Antonio 103, Cleveland 92

第4Qのキャブスの猛追、はたしてこれは一筋の光明だったか……?
よく分からんのである。

録画で前半を見終わった時点で25点差。
すっかり失望し、このような試合をあと1時間も見せられるのはかなわん、と思ってネットで結果を見た。
そうしたら11点差まで「詰めて」いるじゃないですか。
それじゃまあ一応見るか、と思って後半も見た。

なので、スパーズが実際にどの程度あわてたのか、キャブスが逆転する可能性がどれぐらいあったか、実感としてつかめない。
最後は何点差でどっちが勝つか知っていたのだから。

ただ、あのまま20点差、30点差で負けるより良かったのは間違いないわけで。
気休めではあるが、昨季の東セミファイナルの対ピストンズ戦も、初戦大敗、2戦目すこしマシな敗戦、という展開だった。
ただ今ファイナルはあの時と比べ、同じ負けるにしても勝てる要素というものが少ない。

まったくパーカーには困ったものだ。
2年も前なら、不調な時は外のシュートとガンガンに落として助けてくれたのだが……。

レブロンは第一戦よりは良かった。
ただこれは、点差が空いてからスパーズのディフェンスが何がなんでもLBJを止める、という態勢ではなくなったから。
まだまだ敵ディフェンスを打開するには至っていない。

ファイナル1・2戦、今までのところ、ゲーム2の第4Q以外全部寒い。
少なくとも、ファイナルをおもしろいものにすること。
弱気だが、何とかこれだけは達成してほしい。
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by SAKICHI_I | 2007-06-12 00:38 | NBA関連 | Comments(2)

レブロンはジョーダンに匹敵する存在になったか

場所によっては、レブロンはジョーダンを越えたか、という表現になっている場合もある。
要は、レブロンとジョーダンの比較である。
レブロンが対DETシリーズで活躍した後、アメリカの主要メディアのサイトでも日本のNBAファンの掲示板でも、こういった論議が盛んにおこなわれている。

これ自体は特に不思議な事ではない。
少年時代から将来を嘱望され、意図的に背番号23をつけ続けてきた選手としては、常にMJと比較されることが当然と言っていい。
むしろ、比較に値するぐらいの活躍を続けてもらわねば困るのである。

レブロンだけが特別というわけではない。
SG-SFの選手が大活躍をするたびに、マスコミは必ず言っていいほどMJと比べる。
MJに匹敵する、MJを越えたと表現することが人々にとって最も分かりやすく、またセンセーショナルだからだ。
アリーナスが活躍すればアリーナスをとりあげるだろう。
それを考えると、比較対象となるのはSG-SFだけではなく、ビッグマン以外のすべてのポジションとなる。

MJとの比較論議が起こること自体は、まあ言ってみれば大したことではない。
ありふれている。
引退してからも常に比較の対象となることが、偉大な選手の宿命だ。

先日mixiのNBAコミュニティで、やや気になる書き込みを見つけた。
MJファンの方のものである。
ジョーダンのプレイ、成績、印象などすべての要素を挙げ、「レブロンよりジョーダンが上だ」と書いていた。
一言で言えば、「必死」であった。

こういう書き込みを見ることは、あまり嬉しくない。
旧MJファンとして、あまり嬉しくない。
僕は引退した選手のファンであるということをしないので、「旧」と書いた。
NBAファン歴を通じて僕が最も応援したのはマイケル・ジョーダンだ。

僕に言わせれば、レブロンはいまだMJの比較対象ですらない。
何回も優勝し、MVPを獲得し、得点王をとり(もっともこれは彼のプレイスタイルからして現実的ではない)、その後にようやく「どれ、少しはMJに近づいたか」と考え始めればよい。
僕は今、LBJを応援している。
だからこそ、こう思うのかもしれない。

MJは巨大だ。
途方もなく、巨大な存在だ。

米メディアがジョーダンの引退以来、MJ越え論議をしてきたことにもそれは示されている。
ジョーダンを越える選手がいないからこそ、ジョーダンは常に指標であり続けているのである。

日本のMJファンは、焦る必要はない。
ジョーダンはあなた方が思うよりもはるかに、はるかに高い壁だ。
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by SAKICHI_I | 2007-06-10 00:26 | NBA関連 | Comments(4)

ファイナル1

回線不通のため携帯から投稿。完敗だった。勝てる気配がなかった。チームもレブロンも、さらなるステップアップ要
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by SAKICHI_I | 2007-06-09 00:13 | NBA関連 | Comments(2)