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歴代のファンタジー最強戦士

タイトルの文章を最初はここでUPしたのだが、なぜか表組みが正しく表示されない。仕方ないので、htmlで作成してリンクを貼っておく。

ファイナルMVPが「ラッセル賞」となった。ビル・ラッセルがメディアでたびたびとりあげられている。何気なくラッセルの現役時のスタッツを見て、驚いた。リバウンド欄にずらりと、20前後の数字が並んでいる。あらためて、過去の名選手について何も知らないと思った。
僕はファンタジーNBAの分野でもマイケル・ジョーダンが史上最高かと思っていたが、必ずしもそうではないのかもしれない。
興味がわいたので、NBAの代表的名選手たちをファンタジー価値的視点から見ていく……

続く
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by sakichi_i | 2009-02-22 21:45 | NBA関連 | Comments(0)

あの曲を作った男

「Rock and Roll Part 2」という曲がある。NBAの試合会場で最も多く使われる曲の一つ。足踏みするようなビートとうねるようなロック・ギター。曲の盛り上がりに合わせて観客が “Hey!” と叫ぶあの曲だ。ホームチームが第4Qに追いつき、追い越し、タイムアウトでこの曲が流れるような時は、会場の盛り上がりは最高潮に達する。
この曲を作ったのがGary Glitterというミュージシャンであることは知っていたが、どこの国の人間なのか、いつごろ活動していたのか、くわしいことはまったく知らない。前から気になっていたので、調べてみた。

まず日本語サイトで検索した。分かったのは「かつてグラムロックのスター」で、「日本で言えばにしきのあきら」であり、「最近まで少女へのわいせつ行為により収監されていた」ということ。これ以外の事は出てこない。
You Tubeにあった演奏の様子

これだけの情報と上の動画でもおぼろげながらその人生の概観は分かったが、この際なのでもう少しくわしく調べてみることにした。
以下、英語版のWikipediaから情報を拾っていく。


ゲイリー・グリッター。本名Paul Francis Gadd。1944年、イギリス生まれ。
子供の頃から素行が悪く、10才の時には地元の警察の保護監察下にあった。
12才ですでに音楽活動を開始し、何枚かアルバムを発表するものの売れず。
長い不遇の時代を経た後、1970年ごろ折からのブームに乗り、グラムロック・ミュージシャンとしての活動を開始。そして1971年、「Rock and Roll Part 1」と上述の「Part 2」が大ヒット。そのあと数年にわたり、ヒット曲を連発。T-Rexなどと並び、グラムロックの代表的スターの一人だった。ただしその人気はイギリス国内にとどまっている。
75年前後、ブームの終焉にともない落ち目に。生活が乱れ、借金がかさんで破産までしている。
70年代末、かつてのヒット曲への再評価と、グリッターの特異なキャラクターへの注目が集まったことに後押しされ、音楽活動を再開。以後、80年代〜90年代前半にかけて大ヒット曲はないものの、ごくたまに小ヒットを出しながらライブを中心に音楽活動を続ける。そのキャラクターを活かして時々CMにも登場。にしきのあきら氏に例えられるからには、多分「はるか昔にスターだった、何か勘違いしたおっさん」というキャラでやっているのだと思う。
また時々イベントで、その時々の人気ミュージシャンと共演したりしている。おそらく「伝説のロック・スター」の一人であったには違いない。

1997年、児童ポルノ画像を所持していたことで逮捕。2ヶ月間刑務所に。
出所してからは、世界を放浪し始める。
2002年、タイにて性的暴行の罪に問われ3日間拘留。
2005年、ベトナムで少女への性的虐待容疑で逮捕。3年間収監。
2008年、出所と同時にベトナム政府から国外退去命令を受ける。イギリス当局により本国へ連行される途中で胸の痛みを訴え、香港で治療を受ける。イギリスへ帰ることを嫌がり東南アジアを中心に十数カ国に入国許可を求めたが、すべて拒否される。しぶしぶイギリスへ戻り、今に至る。
上記の犯罪歴は有罪判決を受けたもののみ。1990年代後半から、性犯罪容疑でひっきりなしに逮捕されている。


アメリカンスポーツ共通の応援歌である名曲を作ったのは、極悪人だった。
性犯罪の対象者はほとんどが、10〜14才の少女。各国で逮捕・収監されても出所直後にまた罪を犯しており、反省する気配なし。イギリスを出て東南アジアを徘徊したのは、おそらくこれらの国がイギリスに比べ治安が悪いからだろう。筋金入りの変質者・性犯罪者である。
曲は一度できてしまえば、その作者の人格を問うことは必ずしも必要ではないと思う。というか、その曲を作ったのがどんな人間か、いちいち気にはしない。
だがグリッターの場合はその行状を知り、さすがに引いた。「悪い」というよりは、気持ちが悪い。

ついでに言えば、ミュージシャンとしても大したことはない。You Tubeでグリッターの他のヒット曲をいくつか聴いたが、つまらん曲だった。この事は、T.Rex、ボウイ初期、ロキシー・ミュージックなど現代でも評価され人気の高いグラムロック・ミュージシャンが多いにもかかわらず、グリッターがその一人として認識されることがまったくと言っていいほどないことからも明らかだろう。
また、その最大のヒット曲「Rock and Roll Part 2」はボーカルのない曲であることから、ボーカリストとしての力量も知れる。本来Part2は、歌のある「Part 1」から派生した副産物だったはずである。
「Rock and Roll Part 2」は凡庸なミュージシャンが偶然生み出した名曲、という他ない。

今日は嫌なことを知ってしまった。今後NBA中継であの曲を聴くと、頭痛がするかもしれない。
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by sakichi_i | 2009-02-13 17:56 | NBAの話題を含む雑記 | Comments(5)

朝日新聞文化部?の竹田さをりという記者

朝日新聞のテレビ欄で時々番組評を書いている、竹田さをりという人がいる。
以下の引用は新聞そのものではなく、ほとんどネットから拾った(うちの新聞はゴミに出した直後だった)。

2008.2.1 日曜版
鈴木亜美が昼ドラに主演するという記事
「良かった、良かった、もうこれで大丈夫。順風満帆の歌手活動が、事務所とのトラブルで01年からしばらく休業を余儀なくされた。その不運は、実力と家族・ファンの支えで、完全克服したといえるだろう」
もしファンなら、連ドラ主演を喜ぶという気持ちは分かる。それにしても、鈴木亜美がなぜ一介の新聞記者に「良かった、良かった、大丈夫」と上から見下ろしたものの言い方をされなければならないのだろうか。

2008.1.12 テレビ欄
TBS系ドラマ「そうか、もう君はいないのか」評
「私も4年前に入院、死を思った。病室には城山氏が感じたように宇宙創造以来の歴史が流れていた。愛する人の息づかいだけが、生きていることを知らせてくれたから。
いや「死を思った」のは大変だった、てのは分かりますよ。でもアンタの愛する人、読者には何の関係もないから。個人的体験をさらすなら場所をわきまえんかい。

2008.1.10 テレビ欄
フジテレビ系ドラマ「赤い糸」評
「修学旅行前、敦史は皆の前で『もしよかったら、2人で一緒に回らない?』。こんな風に誘われてみたいものだー。」
気色悪いんじゃボケッ! 敦史は中学生、あんたはオバサン(多分)だろうが!

2008.10.6 テレビ欄
NHKスペシャル「~20年目のB'z~」評
「そういえばもう4年もカラオケに行ってないし、ロックも歌わず、懐メロおばさんになっている私。年齢を言い訳にしないB’zに、できるだけついていきたいと思う」
あんたの愚痴を言う場じゃないから。全国新聞は。つかやっぱりオバサンかよ。

2008.11.28 テレビ欄
NHKショートドラマ集「祝女」
「暗い気分の私だが、この劇の元気な女たちを見ると、やはり女に生まれたことを祝いたくなる」
何を評している時も、何が何でも中心にあるのは「自分」かい。それ以外ないんかい。

ゴミに出した、今週木曜の新聞。
フジテレビ系ドラマ「メイちゃんの執事」評
「佐藤くんの黒パンツ見えた」
いいかげんにして下さい。

朝日新聞文化部?の竹田さをりという記者 2
朝日新聞文化部?の竹田さをりという記者 3
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by sakichi_i | 2009-02-01 23:33 | その他 | Comments(48)