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柔道の、判定がくつがえったやつ

どうやら「ジュリー」とかいうものを置くようになったのは、かつてあった篠原大誤審事件のようなあやまちを二度とおかさないため、という「良心」かららしい。それにしても現システムはまずすぎる。

今回の柔道の試合を見てて、ジュリーという耳慣れない言葉をよく聞くなーとは思ってた。そしてこの「ジュリー」の指示により、いったん下されたジャッジがしょっちゅう変わる。試合を止めるし、選手に動揺を与えるし、見てるこっちも何を信じていいのか分からないし……と非常に不快に思ってたら、決定的な奴が来た。皮肉にも日本の海老原選手の試合の時に。

確かに誤審は、少ない方がいい。しかしビデオ判定を役立てようとするなら、それを徹底した方がいいのではないか? 畳の上に「仮の」審判を3人置く必要はないだろう。いったんジャッジをしておいて、それを取り消すという手順と時間が無駄だ。さらに、不快だ。最初から、例えば3人のビデオ判定員が3方向から見ればいい。畳の上の主審は、いわば試合の進行をするだけ。
しかしこれは、柔道の全レベルでやることは不可能。五輪のような大きな大会でなければ、何台ものカメラを用意できないからある。そうなると、例えば地域の小中学生大会でと大きな大会では審判システムが違うという、二重構造ができることになる。

大相撲では、ビデオ判定を以前からやっている。土俵上の行司さんは審判のように見えることをやっているだけで、審判ではない。勝敗の決定は、土俵の脇にいる審判委員がおこなう。僕が思うにこれは、相撲だから成り立つと思う。それぞれの取組につき一回しかジャッジをおこなわない。従って審判が協議をおこなうのは取組の後であって、プレイを止めるわけではない。

技術が発達して試合中にすぐに映像を見られるようになったことは、スポーツ界にやや混乱をもたらしていると思う。ビデオ判定の導入を全否定はしないが、上手いやり方で導入してほしい。
個人的にはジャッジは従来通り審判が自分の目でおこない、カメラの映像は審判技術の向上に役立てるのがいいと思う。
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by SAKICHI_I | 2012-07-30 16:19 | その他 | Comments(0)

突進するベビーカー

どうも前から、路上のベビーカーが怖い。
正確に言うと、ベビーカーを押す母親のメンタリティが怖い。道路を突進してくる。
2人の人間がなんとかすれ違えるぐらいの、狭い歩道や道ですれ違う時。ベビーカーがスピードと進路をまったく変えることなく突き進んでくることが、非常に多い。
それを押す母親は正面をにらみすえ、口をきっと結んでいる。「私はよけない」という意志が、顔に示されている。
ベビーカーは10kgほどの重い物を乗せた、金属やプラスチックの物体である。ぶつかったらこっちが怪我をする可能性の方が高い。だから当然、避けるしかない。場合によっては大あわてで道路脇の壁に貼り付き、怒濤のごとく去っていくものを唖然として見送ることになる。

一昔前、まだ「うば車」と呼ばれていた頃は、こんな事は少なかったような気がする。推測するに、ベビーカーが進歩してスピードを出すのが簡単になったのではなかろうか? その結果、路上を走るベビーカーは危険物の一つになった。押している方々が、その事に気付いていない。

ネットでざっと検索してみても、ベビーカーの悪評は多い。

・狭い歩道で、ベビーカー3台が横並びで歩いていた。他の歩行者が大きく迂回しているのに、お構いなし
・ベビーカーのためにドアを開けたら、無言で去った
・それが4台続いたこともある

b0054053_1225175.jpgなぜこういうメンタリティに陥るのか、よく分からない。一つ想像するに、赤ん坊という完全に罪のない存在を乗せていることにより、それと一体化して動いている自分も同様に無罪だと思っているのではないか。
確かに赤ん坊の責任は0だ。ということは、押している人間の方に100%の責任があるのである。勘違いしてもらっては困る。赤ん坊を乗せていることは、他人に対する免罪符ではない。

一時キャリーバッグが路上で危険だったこともあるが、問題視されるようになってから使用者が気をつけるようになったようだ。ベビーカーの危険性も一度、社会問題にする必要があると思う。
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by SAKICHI_I | 2012-07-02 12:25 | Comments(0)