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今村、お前のどこに怒る資格がある

100倍怒りたいのはこっちだっつーの

【広島】今村、ファンのヤジに一触即発「降りてこいや!」
スポーツ報知 4月26日(金)7時2分配信
ヤクルト8x―7広島=延長12回=(25日・神宮) 今村が、スタンドをにらみつけて怒りをあらわにした。2点リードの7回から登板し、1死一、二塁からバレンティンに一時逆転となる3ランを被弾。試合後、ファウルグラウンドを歩いてバスに向かう途中、三塁側から「しっかりしろ!」などと執ようにヤジを飛ばすファンに「降りてこいや!」と言い返し、一触即発の状態になった。

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by sakichi_i | 2013-04-26 09:07 | その他 | Comments(0)

どうしたんですか、東野さん

と言うことさえすでにすっかり今さらの話なのだが、東野圭吾さんの話。
書く小説が、別人であるかのように面白くなくなった。しかもごく最近だけ、というわけではない。
最新作の2冊はまだ読んでないが、それ以外は全部読んだ。その印象では、2007年出版の作品あたりからだんだんと面白くなくなってきた。
僕はおぼろげながらそれを感じていたが、ファンとしてそれをはっきり認めるのは嫌だった。認めざるをえない、と思ったのは、2011年の「マスカレード・ホテル」を読んだ時だった。たまたま凡作がいくつか続いたのではなく、東野小説は劣化したのだ、と思った。

2009年、「新参者」を本屋で売り出していた時のことを思い出す。宣伝POPに書いてあった。
「東野圭吾は終わったなんて、とんでもない。今度はこう来たか、と思わせる一冊」
僕は「新参者」のことより、東野圭吾は終わったという評価があることに驚いた。驚いたが、信じなかった。しかしそれは、今思えば間違いではなかったのだ。「新参者」を読んだ印象も、それを裏付ける。

最近の東野小説の特徴は、「良い話」であること。とにかく読者を感動させたいという意図がある。作者の本心かどうかは知らないが、どの作品にも人間というものへの究極的な信頼がある。その「良い話」の出来がよければまだいいのだが、あまり泣けない。
読者を感動させられない「良い話」がどういう印象を持たれるかといえば、偽善だ。偽善は死ぬほど嫌いだ。
さらにはそれが、果たして東野圭吾が書くべき小説なのか、ということだ。東野小説は人間の恐ろしさを描き、それが強烈な印象を与えてきた。その毒と牙が、無くなった。

この変化がどうして起きたのか、僕には分からない。人間が丸くなったのかもしれない。あるいは、国民的作家として慕われたいのかもしれない。だとしたら、そのもくろみも失敗している。
今の東野さんは、膨大な数の読者を震撼させ、熱狂させたあの姿をしていない。なまくらになった牙を研ぎ、もう一度あの凶暴な姿になって現れることを、心から願う。
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by SAKICHI_I | 2013-04-25 12:27 | 雑記 | Comments(0)